あのころも 緑の中

         789女子高生シリーズ
 


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学校帰りのJRの中で受けたショートメールにて、
ご近所の幼なじみの男の子が、
急な入院となったらしいことを知らされた 三木さんチの久蔵お嬢様。
ご近所ならでは…とはいえ、
それもまた微妙な出会いの“こいのぼり”から始まったご縁は、
それぞれが別々の学校へと通うようになっても続いていたけれど。
とはいえ、何かというと連絡を取り合うとか、
週末には示し合わせて遊びに行くというような、
お友達としての親密さまではなかったものだから。
入院するほどの何かしらに見舞われていたなんて、
とんと気づきもしなかった。

 “でも…。”

頻繁に家を空けるほど外遊びをする自分ではないので、
ご近所から救急車が出たというよな騒ぎになったら聞こえるはずなのにな。
ご近所と言ってもそれぞれのお宅の敷地が広い家ばかりの区画だから、
案外と聞こえないのはしょうがないものか。
ご飯の給仕や着替えのお手伝いをして下さる家人の皆様も、
あんまり下世話なお話を持ち出しはしないから、
それで自分へまでは届かなかった事態なのかなぁと。
知ってしまった以上はということで、
お庭に咲いてた旬のバラ、庭師のおじさまに見繕ってもらうとブーケにし、
榊せんせえから教わった病院まで久蔵お嬢様が運んだのが、
翌日の土曜の午後のこと。
雨の狭間のいいお天気となった中、
緑の芝生がきらきらしている中庭を突っ切って入った入院病棟の、
2階の東南角だと案内された個室の前にて。

 「………。」

車椅子どころか、ベッドごとでも余裕ですれ違えるだろう、
広々としたお廊下の、開放的な明るい病院。
スライド式のドアの横手の壁には、
病室番号と患者さんの名を記した札が出されているだけで、
特に“面会謝絶”とかいう札も下がってはなくて。
だというのに、ノックもせずに立ち尽くしていた紅バラさんだったものだから。

 「どうされたのかしら。」
 「可愛らしいお嬢さんだけど。」
 「気まずい仲なのかしらねぇ。」

 わざわざお見舞いに来たのに?
 だってほら、ちょっと気位が高そうなお嬢様じゃないの。
 もしかして怪我した原因があの子を庇ってとか?…などなどと。

通りすがりの看護師さんや、他のお見舞い客の皆さんたちが、
廊下のどん突き、壁一面という明るい大窓を背景にして意味深に佇む美少女へ、
ついつい気に留めてしまうのも無理はなく。
何だろ どうしたんだろうと さわさわザワザワしだしたところで、

 「………お前はよ

結構気配へ敏感だったらしい中の人、
もとえ、病室の主が 内からガララと扉を開けて下さり、

 「人の病室の前へ人垣作ってんじゃねぇよ。」

こやつはもうもうと、低いお声で一応注意したものの、

 「???」

本気で気づいてなかったらしいお嬢様、
何だなんだと今更振り向いても、それこそ何だと思ったか。
紅ばらさんの細い肩を、やや強引に抱え込むと、

 「や、どもども。
  こいつオレの従妹で、ヒサコっついまして。」

親に言われて渋々見舞いに来たらしくって、
いやもうもうすいませんねぇと。
お騒がせしたことをお詫びしつつの、
彼女の代わりにか にこりと微笑ってお愛想振り撒いた彼こそは。
バンド活動の関係でストレートの髪を真っピンクに染めた、
弓野さんチの跡取り息子、その人であり。
どこかチャラい見栄えの頭に合わせてか、
こういう融通も利かせられる、なかなかの人物へと育っておいで。
なぁんだと相好崩す皆様へ、ペコリとお辞儀し、
当事者だというに一番状況が判っていない久蔵さんを
有無をも言わせず病室内へと引っ張り込んでしまった鮮やかさよ。

 「〜〜〜
 「勝手なことをって 怒ってんじゃねぇよ。」

超豪華な個室ともなると、入ってすぐ病室、ではないようで。
付き添う人への勝手、お見舞いに来られる人への融通を想定してもいるものか、
入ってすぐには、身だしなみを見直せるようにということか、
洗面所やトイレ、給湯システムを備えた次の間がまずはあるという、
ちょっとしたシティホテルみたいな作りになっている。
そこは当然突っ切って、
やはり大きな窓が二面も刳られたお部屋まで入ったその途端、
いつまで抱えてんだと振り切ったお嬢様だったのへ、
そこは対等な語調にて、先の一言を返した弓野くん。

 「言っとくがお前をフォローした訳じゃねぇからな。
  看護婦さんたちから、
  ヨシチカくんたら彼女いるんだなんて思われたくねぇからだ。」

しかも選りにも選って お前が相手だってのは、
今後のご近所付き合いも考えるとちょっと困るしよ、と。
よく判らないことを言う弓野くんも弓野くんだったが、

 「ヨシチカ?」
 「ああ。…あ、もしかしてお前、
  読み方が判らずに立ち尽くしてやがったのか?」

そう。
お部屋の主を記したプレートには“弓野嘉史”と記されていて。
あれれぇ?
兵庫は息子の方が入院したって言ってたけれど、
もしかしておじさんの方じゃないのかなぁなんて。
ちょいと戸惑ってしまってた久蔵だったのであり。

 「ああいう書き方で“ヨシチカ”と読ますんだとよ。」

ったくよと、こんなところでも手を焼かせるお友達へ、
それでも、親しいからこそのそれなのだろう温度を感じる
さばけた言いようで返したところが、

 「〜〜〜?」

まだちょっと何かが引っ掛かるらしく、
細い眉をきゅうっと寄せておいでのお嬢様。

 “よしちか?”

何か覚えがあるんだが、
ちょっと思い出せないなぁと。(そこ、えーとか言わない・笑)
やはりやはり小首を傾げ続けておいでで。
やれやれと、ベッドじゃあなく窓辺におかれたソファーに戻り掛かっていた
パジャマにカーディガンという恰好の嘉史坊っちゃんも、
彼女のそんな様子には気づいたらしく。

 「まあ確かに読みにくいとは思うがな。」

これまでだって、よしふみとかのりふみとか散々な呼ばれ方して来たが、

 「ご近所さんのくせにそれってどうよ。」
 「〜〜〜。」
 「俺は お前が“ヒサコ”って呼ばれてんのまで知ってるってのに。」
 「〜〜〜〜〜

名前を間違えるというのは確かに失礼なこと。
とはいえ、ふふんと やや斜に構えて言い放った坊ちゃんだったのには
さすがにムッと来たものか。
抱えて来たバラのブーケを叩きつけようと仕掛かれば、

 「こらこら、可哀想だろが。」

束ねられた根元のほうへ、的確に手を伸ばしての無難に受け止めるあたり。
機敏辣腕というよりも、
このお嬢様への機微に馴染みの深い彼ならではな対処というやつなのだろう。
危うく散らされるところだった見事なバラをそのまま受け取り、
花瓶はなかったかなと嘉史坊っちゃんが室内を見回せば、

 「………。」

そのくらいはしてやろうと切り替えたか、
さっき通った洗面所の一角を思い出し、
バカラだろうか切子風のカッティングが見事な花生け、
水を満たして持って来るところは、さすがお嬢様。
芸術的とは言えないが、それでも一応はブーケ状態からほどいての生け直し、
サイドボードへ据えて差し上げての さてと。
ほっそりとした立ち姿も麗しい、
これでもあの女学園で“三華様”なぞと
三指に入る佳人とまで呼ばれている美人さんが、

 「トメさんが。」

庭師頭のおじさまが選んで摘んでくれたのだという意を
この短さで告げんとする方もする方ならば、

 「そか、トメさんか。…あ、思い出したぞ。
  あのばあちゃんて、トメさんとこのばあちゃんじゃなかったかな?」

 「???」

寡黙な久蔵お嬢様に比すれば、結構言葉は尽くした方だが、
それでもこれでは“???”も致し方ないかと、
そこは弓野くんの方でも気づいたようで。

 「なに。
  犬を避けた自転車と横断歩道を渡ってたばあちゃんとが
  ぶつかりかかったんでな。」

自分が割って入ってコト無きを得たのだという肝心な下りは、
だがだが それのせいで前腕骨にひびがいったのだし、
自分から言うのは それって自慢にならんかと思ったのだろ。
ピンクの前髪、大きめの手でごそりと額側から掻き上げる所作にて誤魔化しつつ、
ややごにょごにょという言い方をしてから、

 「ウチの庭を任せてる植木屋のおじさんがな、トメさんの弟子らしくてさ。」

そんでかどうか、
松だのサツキだの、生け垣のニシキギだのの刈り込みの時期になると、
ウチの庭へずかずか入って来て刈り込みの手直しをしてってサ。

 「30点とか書いた短冊提げて帰ってくの。」
 「……☆」

面白いおっちゃんだよな、
ウチのゲンさんもサ、師匠鋭いとか言ってうなってるしと。
笑える関係なのをご披露したものの。
わははと笑ったその拍子、うっかり微妙にひねりでもしたか、

 「…っ、痛ったたたた☆」

スカーフみたいなそれじゃあない、
正規品らしき吊り具で肩から提げられた左腕を
うっと押さえる彼であり。

 「…ギプス?」
 「うん。そういうので固めちゃあないんだな。」

だからだろうか、
油断してっとかすかにでも動くのが、殊の外 響いてよと。
今時流の“添え木”なのだろ、U字になった窪みに腕を置く、
シーネと呼ばれる装具を提げておいでの弓野くん。
パジャマという無防備な姿のせいか、
結構雄々しい胸元や、
鎖骨の合わせの窪みが覗いて、男の色香をたたえたデコルテ部分、
チャラく見えても実は屈強そうな肢体なのも感じられるが、

 「ナンパ。」
 「してねーよ。つかお前、漢字弱かったのな。」

看護婦さんがどうのこうのと言ってたの、今頃思い出したのか。
そんな短い一言で、
疚しいならばギクリと来そうな物言いをし、
非難なんだか揶揄なんだか、意地悪をするお嬢様だったのへ。
ちょみっとは疚しかったものか、
口許をややひん曲げつつ、こちらもさっきの漢字が読めなかった話を蒸し返す。

 「あの女学園って結構学力レベル高いはずなのにな、
  お前一人で落としてんじゃねぇのか?」

そんな憎まれ口を利いたその途端、

 「〜〜っ

彼女には向背になってたベッドから、
大きめの枕が瞬殺の勢いで飛んで来るから怖い怖い。
一応は“三木家の者”という肩書で訪のうているためか、
カットレースが散りばめられた涼しげなブラウスに、
細腰が清楚に映える、ロング丈のフレアスカートという、
大人しくもシックないで立ちで来ているというに。
その見舞いの相手へ、
鷲掴みした羽毛まくらをぶん投げてしまう令嬢ってどうなんだか。(苦笑)
投げられた側は、だが、
これまたそのくらいは慣れているのだろう。
無事なほうの手で はっしと枕を受け止めると、

 「すまんすまん。
  アンダンテのケーキがあっから食ってけ。」

そこでにひゃっと微笑うところが、なかなか出来る男じゃありませんかvv
エクレアもムースもあるぞ、
ラズベリータルトか? フォション風味のドーナツか?
ヒマラヤがいい? お前そりゃモンブランの間違いだろ、と。
片手だというに、
サイドボードから小皿を取り出しの、言われたケーキを取って差し上げの、
まめなお給仕もして差し上げるこまやかさ。
さすがにお茶までは無理だったので、
ティーサーバーからセルフでと言ったところ、
そのくらいはと弓野くんの分までカップにそそぎ、
さあ、いただきますと、
和栗のスムースモンブランと、
季節のロールケーキ“桃とびわのコンビネーション”とやらへ
デザートフォークをつけるお嬢様。
大きな窓から降りそそぐ初夏の陽差しに軽やかな金の髪が燦然と輝き、
すべらかな頬や繊細な作りの小鼻の白さが何とも可憐。
双眸は不思議な紅色で、やや吊り上がっているのが意志力を思わせ、
面と向かってみると、気の弱い人にはちょっぴり怖い印象がするかもだけれど。
だがだが、小ぶりな口許なのに あんぐとケーキを頬張る無邪気さは、
案外と屈託がないお人なのかもというの、匂わせての罪がなく。
見ていて気持ちのいい食べっぷりなのへ、
弓野くんも悪い気はしないか、ついのこととてお顔が緩む。

 “兵庫さんも、こういう気分を味わってんのかね。”

父性なんての感じるはまだ早いけど、
美味しいか? 嬉しいか?と、こっちまでが楽しくなるから不思議なもので。

 「???」
 「? ああいや。
  お前、甘いもん好きなのに ちいとも育たんなと思ってよ。」

今時の女子は細いのがデフォなのかなぁ、
でもなぁ、中学生と変わんねぇのは ちょおっとなぁなんて。
何とか話題を逸らしてみせれば、

 「……。」

フォークの先を唇へ当てたまま、
う〜んとと何事か考え始めた紅バラさん。
しばらくすると、

 「米。」

短く飛び出させた一言へ、そこはこちらも反応が早い。

 「ああ、林田さんな。」

こちらのお嬢さんが、
高校生になって初めて お家まで連れて来るほど仲よくなったお友達。
なのでと記憶している順番なあたり、
やっぱり兵庫さんと同じレベルで父性が出てないか、弓野くん。

 「あの子の巨乳はいいよなぁ、
  柔らかそうだし、肩とか見てっと肌もすべすべしてそだし。」

満面の笑みにて賛美していつつ、
ひゅんっと真横から飛んで来た手刀を
無事だった方の腕で受け止めている呼吸は大したもので。
しかもその上、

 「お前、見舞いに来たのか
  それともとどめ刺しに来た刺客か、はっきりしてくんね?」

そうとお言葉を返せる余裕は、
やっぱり大したもんだぞ、弓野さんチの御曹司vv

 「〜〜〜。」

判ってるって、もう決まった人がいんだろ?
よこしまな目で見てんじゃねって?
あ〜、それこそ偏見だなぁ。
何も やらしい欲望があって褒めたんじゃねえのによ、と。
ほんのちょっと数日ほど前、
そりゃあ柄の悪い、本物の犯罪集団のごろつきを相手に、
毅然と立ち向かった戦さヲトメの やや本気のむっかりを前にして。
ムキにもならず、片意地張らず、
はいはいそうですよなんて、へろりと躱せる余裕は、
やっぱ只者じゃあないままな、頼もしい男の子へ育っておいでの弓野くん。
あの兵庫せんせえが、入院したらしいの何のと、
親戚でもないのに彼の近況詳細をチェックしてなさるのも、
何かあれば久蔵さんを支えて下さるだろう、
心憎いほど“出来る”人だと、見込んでおいでの末かも知れずで。

 ほれ、もっと食べな。
 プリンもあるし、ああそうだヘレカツサンドもあったんだ。
 大人しくしてろと入院させといて、
 腹減らねぇのに食いもんばかり山ほど差し入れられてもなぁと。

くつくつと微笑ったお顔は、ああ

 “兵庫に似てるかも知れない。”

つか、あれれ?
確かにどっかで見てるんだよなこいつ。
でもでも思い出せてない。
まだ会ってた年齢になってないからかな。
兵庫をなかなか思い出せなかったのも、
一緒にいた頃の年じゃなかったからだと思うしなと。
彼女なりの法則の下、
もしかしたら、もちょっとしたなら、
このピンクの頭の彼のこと、ああと思い出せるかもしれないななんて、
うっすら思い始めているようで。


  果たして、思い出した方がいいのかどうか。
  そこんところは、
  兵庫さんにも相談した方がいいと思うのですけれど…。







  ● おまけ ●


 「あ、そうだ。お前さ、この辺の本 読んだことあっか?」

そうと言った弓野くんが
枕灯を置いたテーブルの下から取り出したのが
数冊の少年少女向けの文庫本、
所謂“ラノベ”と呼ばれるもので。
SFやら推理ものやら、
どちらかといや色気はあんまりない系統の、
活劇が売りな作品ばかりらしかったものの、

 「〜〜〜〜。」
 「そか、こういうのは読まないか。」

 島谷勘平は読む?
 ああ、あの人のは時代物も霊能者ものも面白いもんな。
 関心もないか、ま・いっかな。

 「あのな、ここの見返しに名前書いてくんね?」
 「???」

 まあそのくらいはと、
 実は上手な楷書で 三木久蔵と素直に記した紅ばらさんだったものの。
 あの、女学園の三華の一人の愛読書という冠がつくだけで、
 単なる古本にプレミアがついて、
 ものによっては原価以上になるというところまでは、
 気がつかなんだ久蔵お嬢様だったらしいです。(苦笑)





     〜Fine〜  13.06.21.〜06.23.


  *タイトルは
   初等科でのすったもんだを思い出して…
   というところからつけたんですが、
   お見舞いへなだれ込んで以降は、微妙にズレちゃったかもですね。
   ただのご近所同士よりかは見知ってるけど、
   日頃は顔を合わすこともない日のほうが多いよな、
   さほどベタベタしてはない、
   男の子同士みたいなお付き合いをしている二人なようで。
   久蔵さんらしい、
   頼もしいお友達、かも知れませんね…ということで。

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